
第25回知らないうちに使われる「シャドーIT」が招くセキュリティリスク

他社のシステムに侵入する『ペネトレーションテスト』を業務とする筆者が、攻撃者の目線でセキュリティ対策について考えます。

株式会社トライコーダ 代表取締役
上野 宣 氏
奈良先端科学技術大学院大学で情報セキュリティを専攻。2006年に株式会社トライコーダを設立。ハッキング技術を駆使して企業などに侵入を行うペネトレーションテストや各種サイバーセキュリティ実践トレーニングなどを提供。
知らないうちに使われるシャドーIT
クラウドサービスの普及によって、かつては組織内のサーバーで管理していた情報も、今ではさまざまな外部のクラウドサービスで扱われることが増えてきました。
特に組織の情報システム部門が把握しないまま、従業員が勝手に使っているクラウドサービスやアプリケーションは「シャドーIT」と呼ばれ、問題となっています。業務の利便性向上を目的とした善意の行動が、思わぬセキュリティリスクを生むことがあります。
代表的なシャドーITの例を以下に挙げます。
- クラウドストレージサービス
(Google ドライブ、Dropbox、Microsoft OneDriveなど) - SaaS型アプリケーション
(Notion、Trello、ChatGPTなど) - コミュニケーションツール
(Slack、LINE、Discordなど) - VPNサービス
(無料VPNアプリ、個人契約のVPNなど) - プログラム開発環境やAPI
(GitHub、Google Cloud Platform、Amazon Web Servicesなど) - 名刺管理サービス
(Sansan、Eightなど)
これらのツールは業務効率を向上させる一方で、組織の統制が及ばないIT資産を増やすことや、情報漏洩やサイバー攻撃のリスクを高める要因にもなっています。
シャドーITの甘い罠
ケース1 クラウドストレージの設定ミス
ある企業の開発チームではプロジェクトの進行をスムーズにするために、独自にクラウドストレージを使用していました。しかし、アクセス権の設定を誤り、機密情報を含むフォルダがインターネット上で公開される事態に。その結果、検索エンジンを通じて第三者がアクセス可能な状態となり、機密データの流出が発覚しました。
ケース2 無料VPNの通信傍受
リモートワーク環境を整えるため、ある従業員が個人的に無料VPNを利用して社内ネットワークにアクセスしていました。しかし、VPNサービスの運営元が不明瞭で、通信が海外のサーバーを経由。その結果、企業の機密情報が外部に漏洩するリスクが高まりました。
ケース3 生成AIによる情報漏洩リスク
ある企業では、従業員が業務効率化のために生成AIを利用。特に、社内文書の要約やメール作成の補助に活用していましたが、ある日、機密情報を含む社外秘の資料をそのまま生成AIに入力してしまいました。
生成AIは入力されたデータを外部のサーバーで処理するため、適切な管理がされていないと、意図せず第三者に情報が漏洩する可能性があります。この事例では、後に機密情報が外部のAIモデルの学習データとして利用された可能性が指摘され、大きな問題となりました。
シャドーITの管理アプローチ
1 シャドーITの可視化
まず、組織内でどのようなITツールが使用されているかを把握する必要があります。そのために、以下の方法が有効です。
- 従業員アンケートの実施
どのツールを業務で使用しているかを把握 - ネットワークトラフィックの監視
従業員が利用しているクラウドサービスを特定 - ASM(Attack Surface Management)ツールの導入※1
外部から見えるシステムやSaaSの調査
2 シャドーITのリスク評価
シャドーITが組織に及ぼすリスクを評価し、適切な対応策を講じます。
- 組織のデータを扱うツールかどうかをチェック
- データの外部共有機能の有無を確認
- 利用規約やプライバシーポリシーを確認し、安全性を判断
3 利用ルールの策定と従業員教育
シャドーITを完全に排除するのは非現実的であるため、一定のルールを設けて適切な利用を促すことが重要です。
- 許可されたクラウドサービスのリストを作成し、周知する
- 無許可のツールの使用を防ぐためのポリシーを策定する
- シャドーITに関するリスクを従業員に教育し、定期的な研修を実施する
4 技術的対策の強化
シャドーITの影響を最小限に抑えるためには、技術的な対策も必要です。
- ネットワーク制御
特定のクラウドサービスへのアクセスを制限 - ID管理と多要素認証(MFA)の適用
個人アカウントの不正利用を防止 - CASB(Cloud Access Security Broker)の導入
クラウドサービスの利用を監視し、ポリシー違反を検知
無理に排除するのではなく共存を
シャドーITは、従業員の善意を基に広がり続けています。しかし、これを無理に排除するのではなく、可視化・管理・制御の3つのステップを通じてリスクを最小限に抑えることが重要です。
そのためにも従業員と対話しながら、安全かつ効率的な業務環境の提供を目指すことが望ましいです。シャドーITを「敵」として扱うのではなく、適切な管理を行うことで、組織の生産性とセキュリティの両立を実現できます。
(「SKYSEA Client View NEWS Vol.102」 2025年5月掲載)