上野 宣のセキュリティ宣言 - 第2回Claude Mythosで何が変わるのか? AI時代の攻撃に備えるための現状把握と計画


株式会社トライコーダ 代表取締役
上野 宣 氏
奈良先端科学技術大学院大学で情報セキュリティを専攻。2006年に株式会社トライコーダを設立。
ハッキング技術を駆使して企業などに侵入を行うペネトレーションテストや各種サイバーセキュリティ実践トレーニングなどを提供。
なぜ今Claude Mythosが注目されるのか
前回は、AIが企業システムの一部になり始めていることを取り上げました。社内文書を検索するAIチャットボット、問い合わせ対応の自動化、コード生成、データ分析など、AIはすでに業務の中に入り込んでいます。攻撃者の視点で見ると、AIは単なる便利なツールではありません。社内データ、API、クラウドサービス、認証情報などにつながる可能性のある新しいIT資産です。そのAIがさらに進化し、サイバー攻撃やその防御自体を支援するようになったら、何が変わるのでしょうか。
最近注目されている「Claud eMythos(クロード・ミュトス)」は、その変化を考える上で象徴的な存在です。Claude Mythosそのものは、一般公開された攻撃ツールではありません。報道によると、Anthropic社がProject Glasswingの一環として、Claude Mythos Previewを一部の企業や組織に限定提供し、防御目的でソフトウェアの脆弱性発見に利用しているとされています。Mozilla社では、このAIを活用した取り組みによってFirefoxの多数のセキュリティ修正につなげたと報じられています。
なぜClaude Mythosが騒がれているのか。これはAIが単に文章を作る道具から、ソフトウェアの欠陥を探して検証し、攻撃経路を組み立てる可能性のある存在へと近づいているからです。
従来のAI悪用と何が違うのか
これまでAIの悪用というと、多くの方はフィッシングメールの作成を思い浮かべたのではないでしょうか。「不自然な日本語のメールではなく、取引先や上司から届いたように見える自然な文面を作る」「マルウェアや攻撃コードの作成を補助する」といった使い方です。
Claude Mythosで注目されている変化は、そこから一歩進んでいる点にあります。コードや設定を広く読み、脆弱性の候補を見つけ、それが本当に悪用可能なのかを確認し、複数の弱点を組み合わせて深刻な攻撃経路にする。こうした作業は、これまでセキュリティ研究者や攻撃者が時間をかけて行ってきたものです。
特に注目されているのが「エージェント的な動き」です。目的を与えると調査・実行・確認・修正を繰り返しながら作業を進めるのが特徴で、単に質問に答えるだけのAIとは性質が異なります。
攻撃者の目線で考えると、これは非常に魅力的です。「この企業に侵入できる入口を探して」と指示したときに、AIが公開情報、ソースコード、脆弱性情報、設定ミスをつなぎ合わせて候補を出してくれるなら、攻撃の効率は大きく変わります。もちろん、AIがすべてを完全自動で行うという話ではありません。現時点では人間の判断や検証が必要です。しかし、調査や検証の速度が上がるだけでも、攻撃者にとっては大きなアドバンテージです。
攻撃者の目線では何が変わるのか
攻撃者が最初に考えることは、いつも同じです。「どこから入れるか?」この問いに答えるために、攻撃者は対象企業のドメイン、サブドメイン、IPアドレス、公開ポート、古いWebサーバー、VPN、管理画面、クラウド設定などを調べます。手作業でもできますし、既存のスキャンツールでもある程度は自動化が可能です。
AIが強力になると、この下調べの速度がさらに上がります。人間であれば見落とすような古いサブドメイン、放置された検証環境、古いライブラリ、設定ミス、過去のDNS履歴や証明書履歴などを、AIが機械的に拾い上げるかもしれません。
ペネトレーションテストでも、侵入の決め手は必ずしも高度なゼロデイ脆弱性ではありません。むしろ、放置されたサーバー、不要な公開ポート、古い認証方式、管理者不明のクラウド環境など、「なぜこれが残っていたのか」という弱点が突破口になることが多くあります。
攻撃者にとってAIは、優秀な調査助手になり得ます。対象企業の外から見える情報を集め、関連しそうな脆弱性を探し、攻撃に使えそうな順番に並べる。これが短時間でできるようになると、これまで「見つからないだろう」と高をくくっていた弱点が、より早く見つかる時代になります。
自社には本当に影響があるのか
「Claude Mythosは政府や大手IT企業、金融機関の話で、自社には関係ない」と考えるのは思わぬリスクを招く可能性があります。
自社が直接Claude Mythosに攻撃されるというより、同じような能力を持つAIやツールが今後広がることで、攻撃者側の調査・検証スピードが上がると考えた方がいいでしょう。
特に影響を受けやすいのは、次のような状態です。
- 自社でWebサービスや業務システムを開発している
- 古いOSSやライブラリを使い続けている
- VPN、リモートアクセス、管理画面をインターネットに公開している
- クラウド環境やSaaSの利用状況を把握し切れていない
- 部門独自のAIサービスやAI APIが野良で使われている
心当たりはないでしょうか。怖いのはAIではありません。AIによって、これまで攻撃者が時間をかけて探していた弱点が、より短時間で見つかるかもしれないことが脅威となり得るのです。
今すぐ確認しておくこと
社内で「当社はClaude MythosのようなAIに備えられているのか」と聞かれたとき、「大丈夫です」と根拠なく答えられる状況ではないはずです。筆者がペネトレーションテストで真っ先に調べるのは、外から見えるその会社の姿です。ドメイン、サブドメイン、IPアドレス、公開ポート、証明書、管理画面、クラウド上の公開リソースが、攻撃者の目にどう映っているか。ASM(Attack SurfaceManagement)と呼ばれる考え方ですが、要するに「向こう側から自社を見たら何が入口に見えるか」を先に把握しておくということです。攻撃者がAIで探すなら、守る側も先に見つけておくしかありません。
次に確認したいのは認証周りです。IDとパスワードの悪用は、AI時代になっても主要な侵入経路であり続けています。漏洩したパスワード、フィッシングで盗まれた認証情報、使い回されたアカウントは攻撃者にとって非常に使いやすい入口です。管理者アカウント、VPN、クラウド、SaaS、リモートアクセスに多要素認証が入っているかは基本的な確認事項ですが、忘れがちなのがAIエージェントのAPIキーやサービスアカウントです。攻撃者は「人間」だけを狙うとは限りません。AIや自動処理が使っている認証情報も同じように狙われるリスクがあるのです。
そしてもう一点。前回取り上げた「シャドーAI」の話です。部門独自のAI API利用、個人アカウントでの生成AI利用、開発チームが勝手に外部AIサービスを使っているといったケースは、筆者がペネトレーションテスト前のヒアリングでも把握し切れていないことが珍しくありません。禁止だけでは現実的ではなく、どのAIが使われているのかを見えるようにしておかないと守りようがありません。
また、攻撃の試行回数や速度が上がるなら、EDRや認証ログ、クラウド操作ログなどが「入れてある」だけの状態も見直す必要があります。誰が見るのか、どのアラートを優先するのか、夜間や休日はどう動くのか。特にクラウドやAIシステムのAPIキーの不審な利用や大量の外部送信は、見ていないと気づけないのです。大切なのは完璧な答えを用意することではなく、「外から見える資産はここまで把握している」「認証の対応はここまで終わっているが、ここはまだ」と現状と未対応部分を説明できることです。「大丈夫です」よりはるかに信頼できますし、そこから対策の優先順位も決まってくるはずです。
何度も言いますが、攻撃者が考えていることは、いつも同じです。「どこから侵入できるか?」その問いに対して、守る側が先回りして答えを持っておくこと。皆さんの組織では今、その問いにどこまで答えられますか。