特集
お金と時間を無駄にしないDX成功のために知っておくべきこと

経済産業省商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長
博士(工学)

和泉 憲明

静岡大学情報学部 助手、産業技術総合研究所、上級主任研究員などを経て2017年8月より経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 企画官、2020年7月より現職。博士(工学)(慶應義塾大学)。その他、これまで、東京大学大学院・非常勤講師、大阪府立大学・文書解析・知識科学研究所・研究員などを兼務。

2018年に公表された「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」(以下、DXレポート)から3年、2021年8月には「DXレポート2(中間取りまとめ)」(以下、DXレポート2)をアップデートした「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」が公表されました。DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質や、企業が2025年以降も生き残っていくために、今取り組むべきことについて「DXレポート」の生みの親といわれている経済産業省の和泉 憲明氏にお話を伺いました。

道具が増えただけで実践できていない……
ダイエットと失敗例が似ているDX

どのような経緯を経て「DXレポート」が公表されることになったのでしょうか?

2016年に情報産業課(現:情報経済課)が発足するまで、経済産業省の組織の中ではハードウェアとソフトウェアが別々に扱われていましたが、すでにクラウドの利用が当たり前になっている実態に合わせ、2つの担当課が統合されます。さらに、産業界でソフトウェアが果たす役割の重要度が増していくことから、情報産業課の中にソフトウェア・情報サービス戦略室が創設されました。私が着任したのは、その当時在籍していた国立研究開発法人産業技術総合研究所に、ソフトウェア戦略を立案する担当官の派遣要請があったことに始まります。

着任後、まずは以前からデジタル変革を急がなければ、日本の産業が国際的な競争力を失い世界から取り残されてしまう危機感を持っていたため、問題点や必要な対応をまとめることから取り組みました。その後、有識者に集まっていただき研究会を設置。DXの実現に向けたITシステムの現状や課題、対応策を中心に議論を行い、2018年に報告書として公表したのが「DXレポート」です。

DXへの対応をIT部門やSIerに丸投げしてしまっている企業もあるようです。

間違ってはいけないのが、DXは経営課題への取り組みだということです。政府による何らかの技術政策、産業政策のように勘違いされているかもしれませんが、経営者が率先して取り組むべき経営課題ですから、名前にデジタルとついているからといって対応をSIerに丸投げしても解決できません。これは子どもの勉強と同じで、いくら高いお金を払って塾に行かせても、本人がやる気にならなければ成績が上がらないように、DXも経営者にやる気になっていただかなければ成功しません。競争力をいかに高めるか、その産業の中でどうやって勝ち抜けるかを考え早急に対応しなければ手遅れになってしまいます。何だかんだ理由をつけて夏休みの宿題をギリギリまでやらないのと同様にDXを先延ばしにすれば、気がついたときにはすでに競争力を失っているかもしれません。

「お子さんを東大に合格させてあげます」と勧誘してくる塾のように、「DXは任せてください」と売り込むSIerもいるようですが、その多くが競争力を強化するための提案ではなく、既存システムの安定化、さらには現行ビジネスモデルの固定のためのツール導入だったのではと思います。2018年に「DXレポート」を公表したときは、これで世の中が新しい価値観に向かい、日本の産業をシフトチェンジして一段上に行く流れになると期待したのですが、実際には競争力を未来永劫封印してしまいかねない場合が多く、非常に危機感を募らせています。

DXは必ずやらなければいけないものなのか、疑問に感じている人も多いように思います。

少なくとも、「オンプレミスをベースにした既存産業」と「クラウドをベースにした新たな産業」の違いについては考えておく必要があります。例えば、毎年約7%も減っているオンプレミスのサーバー出荷台数に対し、AmazonとMicrosoft、Googleの3大クラウドベンダーの2021年第1四半期の成長率は、前年比でそれぞれ35~56%も増加しています。少子高齢化で人口が減少していく日本の市場は、今後も縮小する一方です。それでもこれまでと変わらないやり方で限られたパイを奪い合う世界に居続けるのか、クラウドで成長を続ける世界へ移るのか、DXをやるかやらないかはこの違いではないでしょうか。

DXは、生活習慣病への取り組みと似ているように思います。例えば、健康診断でメタボリック症候群を指摘された人が、健康には自信があるからと日ごろから暴飲暴食を続けたとしましょう。その結果、電車に乗り遅れそうになって、ちょっとダッシュしただけで倒れそうなくらい苦しくなり突然死のリスクを感じる。そこで初めて診断結果が正しかったと気づくわけです。同じようにDXも実態を数字で表して危機感を持っていただくことが重要だと考え、デジタル経営改革のための評価を自己診断できる「DX診断指標」を作成しました。提出にご協力いただいた305社の自己診断結果を分析した「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)」では、「全社戦略に基づく部門横断的推進」ができているレベル3以上の企業が8.6%にとどまることがわかっています。一方、別の調査では約4割の企業が自社をデジタル化の「トップランナー」だと評価しているデータも公表されました。この結果は、減量目的でダンベルや縄跳びのロープ、ヨガマットなどを次々に買ってみたが、道具が増えるだけで実践していないダイエットの失敗例とよく似ています。DXをやったつもりが実は経費をかけてツールを導入しただけで、ビジネスの変化につなげられていなかったことを表している数字です。

「DXレポート2」では、「DXレポート」で伝わらなかった真意や取り組みの促進を意識されたのでしょうか?

すでにDX実践中と思っている企業が約4割あるのに対し、本当に取り組めている割合が数%しかないという現状は非常に重く深刻に受け止めていますが、残り約6割の企業の中には変わろうと頑張っている途中の企業もあると希望を持っています。一方、2020年には働き方を一気に変えざるを得ない、新型コロナウイルス感染症のまん延という大きなきっかけがありました。そこでも変われなかった企業に対しては、変わることの重要性を強くお伝えしていかなければならないと感じています。

私どもは、多くの企業にレベル3へ到達していただくことを目指していますが、ダイエットのために今日から縄跳びを始めても、スリムになるまでには時間がかかるように、レベル0~1の企業がいきなりレベル5には到達できません。まずはレベル3を達成するための支援の1つとして、2020年12月の「DXレポート2」に続き、2021年8月には「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」を公表しました。この中の「DX加速シナリオ」で強調したのは、3つの“今すぐ”です図1。お金で解決できるならば何よりも先にやるべきなのはもちろん、中長期的な対応も“今すぐ”やることとして並べているのがポイントです。対応に必要な期間の違いは関係なく、「DXレポート2」ではどれも“今すぐ”取り組まなければいけないと強く訴えています。

私が受講したあるセミナーで、「DXはBtoCのように変化がわかりやすいビジネスモデル向け。
BtoBではやりにくいと感じる」と発言されている方がいましたが、実際にはどうでしょうか。

確かに一般消費者向けのBtoC(Business to Consumer)では、大手ECサイトの台頭やスマートフォンの登場など、わかりやすい大きな変化によって、サービスを提供する側にも変わることが必然な状況が生まれてきました。しかし、わかりやすい変化が少ないBtoB(Business to Business)でも、変わる動機はいくつもあります。

例えば農薬の製造業者であれば、環境問題につながる大量生産・大量消費に変わる収益アップのやり方を考えてみるのも1つだと思います。まず、農薬の役割を害虫駆除に絞ってみると、使用量を大幅に減らすことができ環境問題の解決につながります。次にドローンなどの機械を使って散布するところまでをセットで販売すれば、農薬を売るだけではない新たなサービスの提供も可能です。デジタルを活用すれば、分析したデータから適切な散布量と回数の情報を顧客に提供することもできるようになり、DXによって新たな利益と自然環境に優しい農薬を開発するインセンティブも生まれます。

本来のDXは、デジタルだからこそ生まれる仕組みや付加価値を利益につなげる新たなノウハウの獲得です。大量生産・大量消費で利益を生み出してきたこれまでの固定観念が、システムを新しく入れ替えるくらいの改善でDXを達成したように思わせてしまっているのかもしれません。値引き競争で企業体力を失っていく前に、ビジネスをどう変化させるかに思考を変えていく必要があります。

DXへの取り組みの最低ラインは、
デジタル化していなかった業務のデジタル化ではないということですね。

私が講演等でよくお話ししているのが、宮崎大学医学部の電子カルテ導入の事例です。電子カルテを導入している病院に行くと、看護師がPCやバイタル入力用の端末をカートに乗せて院内を移動しているのを見たことがあると思います。あの電子カルテと連携したバイタル入力用の専用端末は、中古であっても高額で電子カルテ導入に伴う予算内に収めるのが難しかったそうです。そこで、プロジェクトの担当医師は、SIMカードを抜いた低価格のスマートフォンの活用を思いつき、Android用の電子カルテアプリケーションを導入します。看護師は常にスマートフォンを携帯し、患者の認証にはQRコードを使用。点滴や投薬など医師の指示による医療行為は、すべてQRコードの読み取りで対応できるようになりました。床ずれなどの症状に変化があった際には、メモをとるのではなく、スマートフォンで撮影して電子カルテに貼りつけるなど、以前はナースステーションに戻ってカルテに記入していた作業が不要になり、患者対応に集中できるようになったそうです。

このシステムの導入を決めた医師は、単に紙のカルテを電子化したのではなく「サービスの向上と看護師の業務効率化のために、オペレーションを組み替えた」という言い方をされています。患者対応の業務を中心に考えて電子カルテの構造を見直し、スマートフォンでの入力をできるだけ省力化。患者が訴える痛みのレベルは、ズキズキするが余裕はあるなら1、頭が割れそうに痛くて我慢できないなら5など、数字を押すだけで入力が完了します。多くの作業が効率化されたことで残業が激減し、それまで7割だった看護師の離職率が3割にまで減る効果もあったそうです。医師にとっても、前日と比べ痛みが緩和されたのか、ひどくなったのかがわかりやすくなったとのこと。

ビジネスは、IT化でペーパーレスを実現しただけでは何も変わりません。宮崎大学医学部では、業務にどうやってスマートフォンを取り入れるかという考え方ではなく、電子カルテとスマートフォンを中心に業務を変えたことで、働き方まで変わりました。紙をなくしてツールを使いこなしても、カルチャーの変化は起こせません。

何が捨てられるかを考えるのがDXの“ステップ1”

成功事例を伺うと「なるほど」と思いますが、いざ自社のビジネスに当てはめようとすると、
まだ何をしたらいいのかわかりません。

何をしたらいいのか悩んでいるなら、手入力している給与システムをパッケージソフトウェアに切り替えたり、電話やFAX回線を使用した会議システムを最新のオンライン会議システムに切り替えるなど、まずはお金で解決できることに取り組んでください。それでもやるべきことがわからない場合は、引き算です。DXは、何が捨てられるかを考え実行することが最初のステップになります。例えば、パッケージソフトウェアをカスタマイズしているなら、運用開始やバージョンアップに時間がかかるカスタマイズが本当に必要なのかを検討することも1つです。

既存の技術や業務を是としたツールの機能拡張は、情報システム部門の皆さまの業務負荷が増えるだけで、実はあまり意味がありません。必要なのは、単なる業務の効率化ではなく経営の高度化です。データを是とするこれからの世界でビジネスを展開していくためには、経営判断に必要なデータがたまるインフラに変えていくことがベースであって、古いシステムの改造を続けてもライバルには勝てません。

引き算が終わったら、
次のステップは人手不足の解消にAIなど新たな技術を投入することの検討でしょうか?

日本ではRPA(Robotic Process Automation)を導入している企業が増えていますが、人手不足をRPAで補うという考え方ではうまくいきません。例えば、人手が足りない鍼灸院が、効率アップのため針を刺したり、もぐさに火をつける工程をロボットに任せるようになれば、スタッフは針の刺し間違えややけどを負わせるのが心配で、結局ずっと横に張りつくことになると思います。これでは人手不足の解消にはまったく役立ちません。やり方を変えず今までの手順の一部をロボットに任せようとすれば、いつまでたってもDXは成功しません。この場合、針を刺す工程にロボットを投入するのではなく、疲労回復させるために最新のテクノロジーをどう活用すればいいのかを考えるのが次のステップです。

DXには柔軟な思考が必要だとわかりましたが、
これまでの考え方をリセットするヒントはありませんか?

引っ越しに置き換えて考えるとわかりやすいかもしれません。荷造りする時間がなく不要品を仕分けられないままゴミも一緒に梱包すれば、新居にはまったく必要のないゴミも届きます。また、サイズが合っていない家具を、ギリギリ収まるからと導線が悪くなっても無理やり新居でも使う場合もあるでしょう。DXに取り組む企業の多くで、これと同じことが行われているのではないかと予想しています。不要なものを捨てようとしない、変えようとしないからうまくいかない状況に陥っているケースが多いように思います。

何度も言いますが、DXはテクノロジーの話ではありません。経営者のマインドセットや企業文化が障害になっているパターンがほとんどです。「DXレポート2」では、これまでのやり方を是としている限りは何も変わらないことを強調しました。すでにDXに取り組まれている企業では、既存のやり方の延長、旅館を増床するような考え方でプロジェクトが進んでいないか、この機会に見直していただけたらと思っています。その際、見直しの会議に参加するメンバーの入れ替えも効果的かもしれません。人間も毎日同じものを食べていたら、吸収される栄養も出て行く成分もそれぞれ同じですが、食事の内容が変われば変化するように、会議も参加者が変われば出てくるアイデアも変わります。

レガシーシステムがDXの足かせになっていると考えている企業が多いようですが、
これもレガシーシステムではなくマインドの問題ということですね。

Windows XPが今でも使い続けられている理由は、どれもほぼ同じです。典型的なのは、パンチ穴が開いた3枚つづりの伝票用のプリンターが、Windows XPにしか対応していないから仕方なく使っているパターンです。この場合、根本原因は古いタイプの伝票への固執なので、電子契約サービスなどに切り替えれば問題が解決します。間違ってはいけないのが、伝票の種類を変えて最新のWindowsに対応したプリンターに買い換えることです。これでは数年後に、また同じことが起こります。

官公庁では、大臣のFAX廃止発言を受けて原則廃止となりましたが、それに代わってメールに添付されたPDFデータが大量に送られてくるようになりました。そのため、メールボックスがあふれるスピードが速くなり、1日の数時間をメールボックスの容量を空けるための作業に充てなければならなくなる人もいます。これまでのやり方を変えるとき、何にリプレースするかが重要です。皆さまには、最短で対応できる手段へのリプレースに飛びつくのではなく、慎重な検討をお願いします。FAXを廃止する際の最適なリプレースは、少なくともスキャンしたデータをメールで送ることではありません。

情シスご担当者には、最新の技術を使いこなし、
普通の技術に変えるけん引をお願いします

お話を伺って、大企業も中小企業もDXに対してやるべきことは同じで、
お金さえあれば達成できるものではないことがわかりました。

むしろ中小企業のほうがDXに取り組みやすく、すぐに変われるはずです。ある中小企業の社長さんが「DXをやれば何か効果があるのかなんて言っていたら、いつまでたっても変われない。実際に取り組んだかどうかが評価の対象だ」とおっしゃっていましたが、そのとおりだと思います。DXは本来、中小企業が大企業にも負けないビジネスを展開できるようになるためのものです。プロ野球だと、東京ヤクルトスワローズや横浜DeNAベイスターズが読売ジャイアンツに勝つための作戦というイメージでしょうか。広島東洋カープのようにドミニカ共和国に野球教室を作って身体能力の高い選手を発掘するなど、お金がないのであれば工夫をして中長期的に成果を刈り取ることがDXにも必要です。

最後に、情報システムご担当者にメッセージをお願いします。

私は、これからの世の中を変えていくのは技術者だと思っています。中でも情報システム部門の方に期待しているのは、テクノロジーを使いこなすことです。今ではスマートフォンのような小さな機械の中に、とても高度な技術が搭載され、生活が便利になりました。今後さらなる技術の進化によって、本体がピンバッチくらいまで小さくなって直接触らなくても自然に機能を実行できる日が来るかもしれません。

技術の進化は、特別意識しなくても自然にできる方向に向かっています。椅子に座るだけでPCの電源ONからログオンまでが自動で実行されたり、すべてが勝手に整って自然に仕事が開始できるような未来はそれほど先の話ではないかもしれません。技術の進化を理解している情報システム部門の方々には、ぜひ最新の技術を使いこなしていただき、その技術が特別ではない“普通”へ変わっていくことのけん引をお願いします。

(「SKYSEA Client View NEWS vol.81」 2021年11月掲載 / 2021年8月取材)

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